「法廷」と現代の武力紛争下の性暴力(松井やより)

 

    • VAWW-NET Japan代表 松井やより

    • 日本軍性奴隷制を裁く「女性国際戦犯法廷」は2000年12月8日(金)~10日(日)の3日間東京で開き、続いて4日目の12月11日(月)には
      現代の武力紛争下の性暴力についての国際公聴会を開きます。それまでちょうど一年間、力を合わせて準備したいと思います。
    • 被害女性の思いに応える「法廷」を
    • VAWW-NETJapanは逆風の中で「法廷」準備に努力していますが、つねに被害女性たちの勇気に励まされ、その思いを原点に困難を乗り越えてきました。韓国の尹貞玉先生はワシントンの諮問委員会でこんな発言をされ諮問委員は涙ぐんでいました。「ハルモニたちが次々に亡くなっていきます。彼女たちは責任者も罰せられず正義を否定されたままで、死んでも目をつぶることができないのです。生きているハルモニたちは何代にもわたる被害に今も苦しみ続けています。彼女たちは裁判所に近いきちんとした形のある「女性国際戦犯法廷」が開かれることを望んでいます。それによって少しでも尊厳と正義を取り戻したいと思っているからです」。被害女性たちの声に応える「法廷」を開くために一人でも多くの女性たちが全力を尽くしたいと思います。それは女性の人権の確立に貢献し、アジアの人々との真の和解を可能にし、暴力のない21世紀を迎えることに寄与すると確信するからです。

      国際シンポジウム(1999年12月)
      「戦時・性暴力にどう立ち向かうか」
      ― 南京・マパニケ村(フィリピン)からインドネシア・ユーゴ・アルジェリアまで ―
      基調報告
    • 日本での準備活動
    • 1.学習活動:昨年は東京裁判について公開連続講座を開き、今年は、外国の戦犯裁判について、ニュルンベルグ裁判、ラッセル法廷、旧ユーゴ国際戦犯法廷、フランスの戦犯裁判、南アフリカ真実和解委員会などの公開講座を開催。今後も処罰問題を理論的に深める学習など。
      2.調査研究活動:旧日本軍の資料調査のほか軍人意識調査を全国的に実施。8月15日には靖国神社に20数人で出かけ元兵士たちに「慰安所」アンケート調査。回答者の3分の2は「慰安所は必要、慰安婦に謝罪や補償の必要なし」。今でも旧軍人たちは「慰安婦」制度を女性への暴力、戦争犯罪だなどとは意識していないわけで、「慰安婦は金稼ぎのための売春婦だった」などという右翼の攻撃も強まり「法廷」で戦争犯罪であったことを明らかにすることが一層必要です。
      3.1万人キャンペーン:資金作りと宣伝のために一口2000円の「法廷基金」とメッセージカードを1万人から集める目標達成に努力する。
      4.「法廷」ポスターの公募
      5.協力者、賛同団体の拡大:全国約20カ所で「法廷」支持活動が行われているが、地域活動をさらに広げる。法律、歴史など専門家の協力体制を強める。女性、人権、宗教,アジア関係などのNGOや団体の賛同、支持をふやす。
      6.韓国学生法廷(2000年ソウル)への協力
    • 「法廷」に向けてのこれからの課題
    • 1.「法廷」憲章草案作成。VAWW-NETJapan草案をさらに検討して最終決定するが、その要点は、日本軍性奴隷制などアジア太平洋戦争中(1931-45年)の性暴力について、国家と個人の両方の責任、戦前戦中だけでなく戦後責任、植民地支配責任、日本以外の国家の責任を問い、判決は賠償などの勧告も含む。
      2.「裁判官」「検察官」「専門家証人」など法廷メンバーの選任。10月の東京での国際準備会議で「検事」は各国担当をそれぞれの国で選任し、首席「検事」は国際実行委が依頼することになり、日本担当はティナ・ドルゴポルさん、韓国は朴元淳弁護士に決定、その他の国はこれから選任。起訴状は来年秋までに作成。「裁判官」は11月のワシントンでの国際諮問委員会で7人の候補を決定、交渉を始める。
      3.現代の武力紛争下の女性への暴力国際公聴会の企画、準備。
      4.「法廷」と「公聴会」参加者は千人規模の見通し。(韓国からの100~150人を含めて海外から300人,国内500人、法廷メンバー、被害女性、メディアその他)
      5.調査研究の国際協力
      6.国際キャンペーンの強化:海外の女性,人権などのNGOの支持署名、「法廷」ポスターの国際的公募、国連(人権委員会や婦人の地位委員会)での活動、国際メディアキャンペーン。
      7.資金作り:各国で分担(日本は2千万円目標)
    • 国際実行委員会が開廷
    • 「法廷」に向けての準備は、国際的には、今年2月ソウルで、国際実行委員会が発足し、加害国、被害国(6カ国)と国際諮問委員会(戦時性暴力に取り組んでいる女性の人権活動家など10人)の三者で構成されたこの国際実行委員会が「法廷」を主催することになります。
    • 女性が社会を変える原動力に
    • 「女性国際戦犯法廷は日本の女性たちが社会を変えることができる、歴史を書き直すことができるということを理解することにつながります」と、日本担当「検事」を引き受けられたティナ・ドルゴポルさんは昨年の国際シンポジウムでの基調講演で強調されました。加害国の女性の責任として「法廷」を準備する過程で、日本の女性がもっとエンパワーされ、国際的責任を果たさなければならない、「法廷」はそのきっかけにもなることを知りました。

      たとえば、昨年の国際刑事裁判所規約制定のためのローマ会議には、アジア、アフリカ、ラテンアメリカを含めて世界各国の女性法律家、とくに国際法に強い女性たちがロビー活動に来ていました。国際刑事裁判所が女性への暴力を戦争犯罪としてきちんと裁けるようなものにと「国際刑事裁判所にジェンダー正義を!女性コーカス」という世界的なネットワークを結成したフェミニストの女性法律家や人権活動家がパワフルに動いていました。その中には「法廷」の法律顧問のロンダ・カプロン(米国)や国際諮問委員のアルダ・ファシオ(コスタリカ)、そしてティナさんなど国際法の専門家や国際実行委員のインダイ・サホールさんのような人権活動家もいました。

      ところが、日本では「法廷」に協力していただいている法律家はほとんどが男性で、女性の国際法専門家は少ないのです。日本軍関係の歴史学者も男性ばかりです。戦時・性暴力処罰問題がこれまで表面化されなかった一因もこのへんにあることに気づきました。今後、このような国際法や軍事史など男性の専門分野にも日本の女性たちがもっと入って発言できるように、若い女性たちを励ましたいと思います。今国際法をジェンダーの視点で見直す動きが世界的に高まっており、『女性への戦争犯罪』という労作を書いたのも、アメリカの若手女性研究者で、その中には東京裁判についても書かれています。裁判や司法とか日本では男性が牛耳ってきた分野に「女性国際戦犯法廷」という形で挑戦するのは生易しいことではないのです。
    • 個人の責任を問うということ
    • しかし戦争犯罪や重大人権侵害について「不処罰」を問い、加害者の処罰に向かっている国際社会の流れの中で、日本では「処罰」に対しては厳しい状況にあります。かつての日本の侵略戦争を正当化する自由主義史観派など右翼の言論がはびこり、最近日本を「戦争のできる国家」にするガイドライン法や国旗国家法など国家主義的な法律が続々作られる状況だからです。そのうえ「処罰」に対する抵抗は戦後補償運動の中でも根強く、「和解」を唱える動きは必ずしも政府や「国民基金」だけではない現実があります。なんといっても天皇の責任追及へのためらいがあるのでしょう。

      「法廷」に対する日本と海外の温度差を日々感じさせられます。世界各国の女性たちから届く「法廷」支持の熱いメッセージと日本社会でのタブーに挑戦することの困難さ。それを乗り越えるには、責任者処罰とは、裁くとは、正義とは、個人の責任とは、一体どういうことかをさらに深く掘り下げることが「法廷」に向けての課題ではないかと思います。それは、国の命令だ、上司の命令だなどと、個人の責任を問わない日本社会の体質そのものを変えて、自立した市民による民主主義社会を創っていく、軍事化への道を歩む日本を民主化の方向へ切り替えていくことにもつながると思います。「日本が民主主義の国にならない限り、慰安婦などアジアの戦争被害者への正義の回復や補償の解決などあり得ない」という韓国女性の痛烈な言葉はあたっているのではないでしょうか。
    • 旧ユーゴなどの被害者を招いて「国際公聴会」
    • 旧ユーゴ内戦で強かんされた女性は2万人ともいわれ、コソボでも性暴力が繰り返されました。その被害女性を支援しているベオグラードの「女性への暴力反対女性自立センター」のレパ・ムラジェノビッチさんはこのシンポジウムへのメッセージで「日本での裁きによって得られる正義はすべての女性と人類の正義を意味し、犯罪であったことを認めさせようとしている私たちの努力をやりやすくします」と「女性国際戦犯法廷」の意義を指摘しています。

      日本軍性奴隷制のような過去の性暴力を処罰しなかったことが現在世界各地で起こっている武力紛争下の性暴力につながっているということです。それで、来年12月、3日間の「法廷」のあと4日目に「現代の武力紛争下の女性への暴力」国際公聴会を開くことが、10月に東京で開いた国際準備会議で本決まりになりました。その準備の意味でこのシンポジウムを開いたわけです。公聴会の内容はこれから検討しますが、東チモール、アフガニスタン、ビルマ、スリランカ、カンボジア、ミンダナオ、コソボ、ルワンダ、アルジェリア、チャパス(メキシコ)、グアテマラ、そして、沖縄や韓国の米軍基地などの被害女性の証言を中心に、今後の予防について対策を打ち出すことが目的です。紛争の予防と解決に女性がもっと積極的に参加すべきだという北京世界女性会議以来の課題にもこたえるもので、「法廷」も「公聴会」も両方とも成功するようにさらに多くの個人や団体の協力を得たいと思います。
    • マクドゥーガル報告「不処罰の循環を断とう」
    • 続いて6月に「女性国際戦犯法廷」に向けてVAWW-NETJapan発足記念シンポジウムを東京で開いて、「法廷」のことを初めて日本国内で知らせました。8月には国連人権小委員会にマクドゥーガル報告が提出され、「慰安婦」問題では補償だけでなく刑事責任の追及を勧告しました。「性暴力の不処罰の循環を断つ」という趣旨のこの報告書は、旧ユーゴやルワンダ国際戦犯法廷が開かれて初めて性暴力が裁かれるという国際的な流れに沿ったものであり、「女性国際戦犯法廷」の必要性を裏付けるものでした。

      VAWW-NETJapanはマクドゥーガル報告を昨年秋全訳し、(『戦時・性暴力をどう裁くか』凱風社)、今年6月にはマクドゥーガル講演会を開催しました。「歴史はそのまま放置しておくと繰り返すものです。だからこそ過去の犯罪の見直しに遅すぎることはありません。将来の武力紛争で女性を性奴隷制と性暴力から守れるかどうかは私たちがこうした犯罪の不処罰に今終止符を打つことができるかどうかにかかっているのです」と強調し、2000年の「女性国際戦犯法廷」の支持を表明されました。
    • 女性による民間法廷
    • しかし、半世紀近い沈黙を破って名乗り出た「慰安婦」たちは、戦後も続いた屈辱と苦痛の歳月、奪われた人生は金銭的な補償だけでは取り戻すことはできないと、尊厳と人権の回復のために責任者処罰を求めています。その声をどうしたら受け止められるのか-国家の責任を一切認めない国家の側に立つ日本の裁判所にも、国際的な裁判所にもそれを期待することはできない、それなら、女性たちで民間の法廷を開いて、国際的に信頼のある国際法などの専門家を招いて、「慰安婦」制度の責任者はだれか、どう処罰すべきだったかなどを明らかにし、それが女性への戦争犯罪であったという事実を確認し、歴史の記録に残そうと、「女性国際戦犯法廷」を提案したのです。この提案は地元韓国を初め参加した国の人々だけでなく、戦時・性暴力に取り組む世界の女性たちに支持され、国境を越えた女性たちの力が「法廷」に向けて結集し始めたのです。
    • 戦争責任者処罰は日本ではタブー
    • 2000年「法廷」は、VAWW-NETJapanが昨年4月ソウルでのアジア女性連帯会議で提案しました。「慰安婦」問題が浮上した1990年以来の日本での支援運動を振り返ると、真相究明、被害者への補償、加害者の処罰という戦争犯罪に対する三つの課題のうち、真相究明については調査や立法化運動、補償については8つの損害賠償訴訟と立法化運動が行われてきましたが、責任者処罰については手つかずでした。

      1997年東京で開いた「戦争と女性への暴力」国際会議はかつての「慰安婦」問題に取り組んできたアジアの女性たちだけでなく、旧ユーゴやルワンダ、東チモールやカンボジアなど現代の内戦や武力紛争下の女性への暴力に関わってきた世界各国の女性たちがそのような戦時・性暴力をどうしたらなくせるかを話し合ったのでした。その中で、戦時・性暴力が、被害者が沈黙を強いられ、裁かれなかったことが犯罪が繰り返されることにつながっていると指摘されました。東京裁判を含め性暴力の「不処罰」が最大の焦点になったのです。

      日本の場合、戦後の東京裁判ではアメリカの占領政策から天皇の戦争責任が免責され、東条首相など28人が戦犯として処罰されたあと、日本政府は戦犯を一人も裁かず、それどころか、靖国神社に英霊として祀り,閣僚たちが公式に参拝さえしているのです。旧日本軍の将兵たちは、上官の命令、つまり天皇の命令だった、国策に従った、戦争だから、もう時効だ、などと個人としての責任を避けてきたのです。その旧軍人にたちに総額40兆円もの軍人恩給を払っているわけです。日本社会は、ナチ戦犯を今も裁き続けてすでに6千人を有罪にしたというドイツとは対照的に、戦犯処罰は戦後一環してタブーなのです。


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